妹や弟たちと話してる内に、こっちの思い違いやら記憶のずれが段々と分かって来た。

 先ず祖父(母の父)は郵便局長だった(若死にした。従兄弟にあたる『おばあちゃん』に育てられた。不思議な事に祖母の話はほとんど聞いた事が無い)。

 ダムに関わった母の叔父は(朝鮮?)電力の社員で、間組と組んでこのダムの建設に関わったらしいこと、

大連に近い親戚があったのだが、今度の大連出身の新文化庁長官は、

母の父(祖父)、母の兄(伯父)と氏名が一字違いなので、

どのような関係かはわからないが、何らかの親戚であった可能性は低く無さそうなこと、

などが微かながら分かって来た。

 先ず間組とコンタクトを取ってみて

(高校の同級生が勤めていたのだ。実は)

それやこれや少し勉強して満州旅行に行こうと思う。

 我が家のルーツは、父方は尼子の残党、言わば広島の山猿らしいが、

母方は対馬の海賊が、大陸の端っこ(朝鮮半島)に上がった後、

大陸内部に浸透しつつ土着していったのではないかと思われる。

 どうせ解けはしないが、何となくロマンチックな話ではある。

 これに対して、先日ちょっと触れたが、かみさんの方はかなり由緒正しい家柄の本家筋。

 それが完全にここで跡絶えた事になる。

 結婚するとき母が気にして、婿で入ったら?と言ったのだが、

これも既に触れた事があるが、財産の無い名前だけの家柄には何の意味もありませんと義父が答えたのだ。

 まあ、それはそれで良い。

 

コメント

お気に入り日記の更新

日記内を検索