最後の授業

　わが社もだんだん競争力を失いつつあって、教育の中身を変えなければと数年前から本気で抜本的な検討をしている。

　だが、教育を変えるためには教員を入れ替えなければならないが、そんなことできるわけがない。

　普通の企業であれば、従業員をクビにして、新しい血を導入するなり、新規事業を立ち上げて再生を図ることが可能だろうが、

学部の中身を変えるから、今の教員を全部クビにして、新しい教育を新しい教員で、と言うわけにはいかない。

　新規事業を立ち上げても、旧事業はそのまま存続し、人(教員)がいなくなるまで自然減の尻すぼみでやって行く以外にない。

　どう計算しても最低でも20年はかかる。

　定年まで、どうせあと10年もないんだから、ナッシー先生は何も言う権利などない、と思ってあんまり発言しないことにしている。

　ところが、今日、ある先生が、

『以前の教授会でナッシー先生がおっしゃったように…』

と言われて、ナッシー先生はびっくり。

　そういえばなんかしゃべったことは思い出したが、何をしゃべったか覚えていない。

　つい、昨日も実印がどこに行ったか分からなくなって、1日かけてやっと探し当てたが、

　どっか安全なところと思って置き場を探したことは思い出していたんだが、

それがどこかわからなくなってしまっていた。

　やっぱりヴォイス・レコーダーでも持って歩かなければならないんだろうか？

　『枢密院議長の日記』の日記のような日記を書かねばならないかも、と厚い日記張帳を持ち歩き始めたが、

直ぐに日記帳が歩いてどこかに隠れてしまう。

　このボケは少し落ち着けば回復するんだろうか？　

　師匠から聞いた話。

　ある先生が大学からの帰り道、交通事故にあわれて、その後、復帰されたのだが、

事故にあわれた直前の、最後の授業を何度も何度も繰り返したんだそうだ。

　恐らく事故直前の記憶が飛んで、

しかも新しい記憶が形成されなくなったんだろう。

　学生がそのうち騒ぎ出して結局お引き取りを願ったそうだ。

　遠く無いかも知れないな。